万葉集 勉強会


12月20日(金)  14:00~16:00

「読んでみよう!万葉集」④

 

多摩市関戸公民館 7階 女性センター・ワークショップ・ルーム
須知・斉地・狩野講師 

参加者:15名 


ー勉強会の様子ー


 12月20日(金)、4回目の「万葉集」講読を終えました。ご参加の皆様有難う御座いました。

今回は、斉明天皇の「行幸」を詠った、額田王の歌6首。

 

7「秋の野の み草刈り葺き 宿れりし 宇治のみやこの 仮廬(かりいほ)し思ほゆ」

★この歌で瞠目すべきは、「秋の野」の文字。原文では「金野之」となっている。陰陽五行説で、秋の色は「金」に例えられる事から来ているらしい。深い知識と高い教養に脱帽である。

 

8「熱田津(にきたつ)に 船乗りせむと 月待てば 潮もかなひぬ 今は漕ぎ出でな」

★この歌は、額田王(ぬかたのおおきみ)の代表作として知られている。661年、斉明天皇は筑紫へと船出され、途中伊予の道後温泉に停泊。かつて、夫の舒明天皇と当地へ行幸された折の懐古の情を詠われたもの。

 

9「莫囂円隣之大相七兄爪謁気 わが背子が い立たせりけむ 厳橿(いつかし)(もと)

★万葉集で、解読不可能なものの代表とされる上二句十二音。数十種の訓み方が試されてきたが、いずれも定説とはなっていない。近年では、時代背景を(おもんばか)り、わざと読めないようにしたのではないかとの説もある。いずれにしても、詠み人の心情や如何に・・・。

 

10「君が代も わが代も知れや 岩代(いわしろ)の 岡の草根を いざ結びてな」

★岩代は、熊野街道にあった地名。古来より、草や枝を結び幸せを祈ったとされる習俗。この「結び」

の行為は、様々な形や表現の中に現代まで生き続けている。

 

11「わが背子は 仮廬(かりいほ)作らす(つくらす) (かや)なくは 小松(こまつ)(もと)(くさ)を刈らさね」

★ここでは「草」の字を「かや」と「くさ」に訓み分けている。仮宮の屋根を葺く材料の「茅」に当てて「かや」。松の下の「草」を代用しては・・では「くさ」としている。訓みについては、読み手の

理解や解釈による違いもあるかと思われ、確定することは難しい。

 

12「わが欲りし 野島は見せつ 底深き ()()()の浦の 珠そ(ひり)はぬ」

★この歌、「野島を見せつ」を「子島は見しを」とも詠むと「注」にはある。()()()の浦の場所は不明。但し、「珠」が「真珠」であることから類推すると、和歌山県御坊市野島の辺りかともいう。

(ひり)はぬ」は、「ひろう」の古形。

 

「万葉集」は、時代小説を読む様にはいかず、難しいとつくづく感じている年の暮れです。皆様、良いお年をお迎えください。      

 

次回の開催日時

・第五回 2020年 01月17日(金) 10:00~12:00 関戸公民館・第3学習室

・第六回 2020年 02月21日(金) 10:00~12:00 関戸公民館・第3学習室